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ゆく人、くる人。

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少年院ラッパー「祐太郎」の卒農会と流浪の教師「ヨッシー」の入農会を開いた。

祐太郎は1年半以上にわたり、農民の一員として頑張ってきた!
お疲れさま。

ヨッシーも、新たなる可能性を求め辿り着いた「旅人」である。
経歴がユニークだが、おって紹介してゆくコトにしよう。
ようこそ!

祐太郎は引き続き、南口「Lotus cafe」にて一日店長として在籍する。
本人も己の人生に真っ正面から向き始めた。
先日のラップショウも、成長したステージを観せてくれたぜ。

末永く、音楽と共に生きてゆければ良いと願う。

破天荒な奴が生きづらい世の中だが、何事も続けなければ先は見えぬからな。

いつも言うことだが、ブレるコトのない人生を送りたいものだ。

村田くんの移住移農が近い。

みんな、使わなくなったアレコレ持参してきて欲しい。
冬なので暖まるものがいいな。
コタツとかヒーターとか…

俺も見つくろってみる。


ここにも、年の瀬を迎えながらも北から南へ、ゆく人ありだ。
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「カッコーの巣の上で」

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映画「カッコーの巣の上で」

ミロスフォアマンとジャックニコルソンによる傑作である。

一度観てくれ。

これから言う事が良く判る。


「隔離」


社会とは「隔離」であり「排除」である。


俺がバイクツアーで巡っている「少年院」や「旧教護院」なども似た例えである。


世の中には所謂、社会的「異常者」がどれほど存在しているか知っているだろうか?
勘違いしないで欲しいが、俺が言っている「異常者」とは、社会の目から見てであって、俺にとっては「普通」の人たちである。

しかし危険な問い掛けでもある。


例えば日本において「児童養護施設」預かりの子どもたちがどれだけ存在しているか。

3万人以上である。

厚生省が発表している数字のみでこれだけの数字。
実数はもっと多い。

「児童養護施設」とは、べつに心身に異常があるわけではない。
本人の問題と言うよりは、家庭の環境問題である。

それ以外にも。

障害者施設、精神病棟、鑑別所、老人介護施設、などなど…

「隔離」されている人数は、相当数である。


これがブラジルなどでは、例えばストリートチルドレン化して「目に見える」立場で存在している。

問題だな、と、みな感じる。

しかし「隔離」されていれば…?

見えない、知らない、教えられない。

問題化する以前の話である。

極めて恐ろしい。

知らない恐怖。

知らされない地獄。

我が日本には、実態として「隔離社会」が実存するのである。

隔離を受付けられなければ、残るは「自殺行為」

いや、抹殺「排除」である。




こう言うストーリーを想像してくれ。

「僕が物心つくころには児童養護施設に居た。
ワケの分からないまま反抗して、次に児童自立支援施設(旧教護院)に送致された。
さらに違反や犯罪を加速すると、少年院に送られた。
出院しては同じ過ちを繰り返し、少年院に再送/再々送。
20歳を過ぎると当然刑務所が待っていた。
社会に出ても行く宛てのない僕は、ホームレスとなる。
ある日、役人が現れて僕をホームレスシェルターに送致した。
また隔離である。
刑務所に入るか、社会に戻ってもシェルターでやっかいになるか、どちらかだった。

そうこうしているうちに歳もとり「特別養護老人施設」に送られる。

今、己の人生を振り返り、感じている。

働いた事もなく、あてにもされず、愛された事もなく、ただ生きてきた。
そして、もう直き死のうとしている。
僕は、この世の中に「存在」していたのだろうか?
死んでも「隔離」されるだろう。
自由など知らない。
社会の隙間に生まれ、社会の篭の中で生き続けた。
誰に知られる事もなく、誰に涙されることもなく、生まれて死んでゆくのだ」



ここにあるのは「保護」ではなく「隔離」
「更生」ではなく「隔離」
「養護」でもなく「隔離」
「死」ではなく「排除」である。

これは、事実以外の何ものでもない。



どうだ?

感じるか?

たまらんか?

冗談じゃないか?




で、あるなら立て!



そして、生きろ!



真実を見極めろ!




その衝動が大切なんだ。

忘れるな!

小学生グループ来農。

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近所の小学生4人が来農。
「TPP」問題について質疑応答。

みんなチョコンと正座して、カワゆしったらありゃしない。

一生懸命さが伝わるよ。

あの「とろとろ豆乳」を飲ませたら「旨い」を連発。

美食は五感を刺激するからね。

やりがいあるな。
こう言うの。

復興玉葱到着!

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陸前高田の津波被害を受けた農民「村田くん」から「玉葱」と「にんにく」が届いた。

もちろん無農薬。

村田くんの納屋に眠っていた「復興たまねぎ」たちである。
にんにくは全国の仲間たちに届けられ、支援の和となった。

今日は晴れ。
ならば「青空とカレーライス」
それさえあれば生きてゆけるさ。

さーて「復興カレー」をつくるとするか!

Agri-Connections 物語

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本日「Agri-Connections」設立総会である。

もともと、農民プロジェクトとしてイメージしていたプランの始動でもある。

理解してもらう為にひとつ、こんな物語を想像して欲しい。

分かる人には分かる。




「Agri-Connections 物語

 例えば、農産地に一軒の古い空き家があったとする。
そこに一人の農をモードとして捉える事が出来た若者が住み始めた。
目の前には休耕の田畑が広がっていた。

 空き家はまず、居間から少しずつ手直しする。
そこに興味を持った仲間がひとり、またひとり集まり始める。
年寄りたちもあれこれ世話を焼き始めた。
最初はそれぞれ持ち寄った総菜やお茶が間を持たせていた。
同じ頃、目の前の空き地を耕し始め、種を蒔いた。

 しばらくすると一人が台所を直し始める。
電気を通しガスを引き、土釜も活用出来るようにした。
これで手作りの料理がこさえられる。
今度はそれぞれが素材を持ち込んできた。
近所の農家も集まるようになった。
カフェの始まりである。

 2階が手つかずだったので、暇をみて2階に寝床を作った。
そこへ旅人が訪ねてきた。
旅人はそこが気に入った。
しばらくその居場所を寝床に、主を手伝うようになった。
旅人のネットワークから、様々な地域を経て新たな旅人が集まるようになった。
ゲストハウスの始まりである。

 中には音楽家もいた。
庭に小さな手作りのステージを作った。
コンサートが始まる。
村人が集まり手をたたいた。
他の地域からも人が集まり始めた。
音楽堂の始まりである。

 人が集まり、自作のクラフト作品を販売する仲間も現れた。
地域の産物を加工して、売るようにもなった。
定期的にバザーやマルシェが催され、多方面からの参加者も増えた。
ショップの始まりである。

 都心からも人が来るようになった。
都心の店々とネットワークするようになる。
気がつけばそこは、すべての要素が集合した立体的なカフェとなった。
数年後、同じように空き家に若者が移り住み始め、集落となった。
村の始まりである。

 それから何世代目か将来、そこは新しい下北沢になるかもしれない。
しかし、こんなこと、現代の都会では決して出来やしない。
都会が失った物や事、農村地が失った物や事をお互いが補う。

これが、Agri-Connectonsの物語であり未来である」



どう?

復興ネットワークの始まり。

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昨日の大雨から一転、下北沢の夜明け。

大分移住移農への一歩「村田くんにんにく」販売を何軒かの仲間の店を繋いで、ネットワーク開始。
復興ネットの黎明である。


富山の「虎樂」良太郎。

大阪は「MUSICA」マストモ。

自由が丘「はじめの一歩」石垣くん。

高山「隠れ家」ミツル。

それぞれ、即答で反応してくれた。
さすがオイラの仲間たち!

感謝ですぞ!




少年院弾き叫びバイクツアーで築いた繋がりが活きた、これが本当の「Agri-Connections」


これ、分かりやすくていいよな。

根幹となる「農業フェアトレード」のまさに実践となった!
且つ「復興支援」がしっかり入っているし。


誰も損をせず、共有できる。

唯一あるとしたら、輸送の問題だな。

価格に対して「輸送費」が掛かり過ぎる。

工夫しなければ。



復興カレー。

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朝からド雨じゃ。

野球中止。



くそ!



腐るな。



昨日は大分国東のパートナーである「藤原」さんが来農。

被災農家の受入れについて協議した。

村田くんへは、今現在の問題点を整理して、進もうと確かめあった。

陸前高田の納屋には、彼が精魂込めて育てた無農薬の「にんにく」と「玉葱」が眠っていると言うので、それをまず売ろう!と。
農民カフェでも買うぜ。

一円でも多く資金に変えるコトが出来れば、それだけ早く移住が叶うと言うコト。
みんなも協力してくれよ。

それで復興カレーを作るのもイイな。
もういっちょ「青空とカレーライス」だ!

青空…

明日は頼むぜ。

勝手に問題視すんな!

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三軒茶屋にある俺のサボり場「天空のバッティングセンター」

晴れた日はココに来て、スカッとひと振りするだけで気持ちも晴れる。


今日も農民の仕込みをガッツりやっつけた。


しかし、なんだな…

Facebookでもボヤいたニュース。

年間収入が200万以下が半数を占めるとか、大卒の内定率が低いとか、それの何が問題なのかが、俺にはまったくもって意味分からんぜよ。
200万の収入が「低い」と見て、そこを問題視するか、200万で生きられない(十分に生きられるけど)と思わせるような社会通念を問題とするか?
ひとりひとりの生き方、考え方、だろ?
勝手に問題視するなよ、と言いたい。

みんなでよーく、考えてみよう。


例えば家賃。

10代、20代が家賃払うなー!
旅行け!


例えば就職内定率。

大卒即就労って、社会経験ゼロやないか~い!


例えば出産や子育て。

家でも産めるぜー!
金が子どもを育てるわけじゃないぜーい!


農業補助。

いら~ん!
種蒔きゃ生えるぜ!


店持ちたいけど予算が無い。

屋台引け。


景気/経済。

断固関係ない!
円安とか意味分からん。


大体、得したら誰かが損をするが市場経済の原理だろ。
人の不幸を踏み台にしてまで、金など要らん。

バッティングセンターだって、動かなくなったら誰かが投げりゃいいんだよ。

何が起きても、この身ひとつ。
いつでもゼロになれるさ。

AgriがAngryになる前に!

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農民カフェ怒濤の仕込み終了!

キッチン大吾の野郎、大遅刻でギリギリの冷や汗ものだったが何とか間に合った。
大吾には下北沢逆立ち20周のキツいお仕置きを課した。

天気は上々。

NPOだのなんとか申請だの、なれない書類のやりとりで頭が沸騰してるが、こんな日は弾き叫んで「青空とビール」と晴れ晴れしたい。


あぁ、農業やりたい!


俺には「歌」と「百姓」さえあれば、文句ない…たまに「酒」
だが、野望が支配するのは否定出来ない。
燃えちゃうんだよな。
特に今は。

闘う的がハッキリとあるから、逃れられない。

ぐぴっと、一杯やって、さぁ、また出陣だ。

俺には夢がある。
叶えなければならないコトが3つ4つある。

それを達成する。
意味はその後だ。

それを書類化するなんて、所詮は無理なんだよ。
解ってやるのがオトナってか?

叶えちまえばいいんだろうが!
いつもそう思う、が、今回だけはどうしても「せねばならない」

だから、渾身のチカラで作ります。

「Agri-Connections」

Agri(農)がAngry(怒り)に変わる前に、この魂のエネルギーを有効活用する。
グリーンなチカラのうちに利用せねば、沸騰させ過ぎて核と言う負のエネルギーに変わっちまう前に!

究極の豆乳!

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こ、こいつはやばいぜ!

究極の豆乳、完成。

これ以上ないほどのとろみ豆乳。


宮城県登米の農民仲間「高橋」くんの育てた大豆「タンレイ」を、栃木県益子の「水」と、同じ益子のこだわり過ぎる豆富屋「豆三(まめぞう)」で豆乳に仕立ててもらった。

完璧。


豆乳の概念を変える事件じゃ!


まるで搾りたての牛乳のようだ。

これを店で豆富に仕込んだのだが、これがまた…
たまらん。
甘いっ!濃厚!!

農民カフェ、TIBET TIBETそれぞれに最強のアイテムが出現したぜ!

立ち上がる、理由あり!

写真

陸前高田の農民「村田くん」からいただいた写真。

ガレキが発酵し自然発火寸前。
堆肥かっ!




村田くんの話をさせてもらう。

彼については和気優ブログに何度も登場しているので認知している人も多いとは思うが、陸前高田で地道にリンゴ園を育んでいた。
そこへ3.11の津波が一気にリンゴ園に襲いかかり、園は壊滅。

7月、被災地での弾き叫びツアーを決行中に彼と出会い、被災農家支援のプロジェクトを大分で叶えたい旨を伝えたところ、9月に軽トラに乗って大分までやって来たのだ。
宇佐、国東、湯布院などを巡り、地元の農仲間や地域の協力者たちと交流。
10月にも再び訪れて、大分への移住移農を決意してくれた。

そして先日…


時間も経ち、いろいろ気になって連絡してみた。


そこで本人から聞いた言葉に、俺は奮えた。



村田くんは被災者にもかかわらず、被災現場で「ガレキ処理」のバイトをしている、と言うのだ。
大分へ移住する資金をまかなう為、無論、日々の生活費を取り繕う為でもある。
何より、本人が大分で迷惑のかからぬよう自活するするつもりで働いていたのだろう。

みんな、考えてみてくれ…

それは、俺から言わせれば、まるで自分の入る墓を自分が掘っているようなものだ!

聞いていて泣けてきた。

村田くんに言った。
「その仕事は、もう止めよう。一刻も早く大分へ行こう」と。
こうも言った。
「あの残った復興リンゴ(わずかだが津波に倒されながらも実をつけたりんごの木が残っていた)を持って大分で夢を繋ごう」とも。

すると、村田くんから衝撃的な答えが…

「あのリンゴ、もう無いんですよ」
えっ?
「あの残った木、切られちゃったんですよね」

・・・

「事後報告だったんですが、土地の人に 切った と言われました」
と言う。


確かに陸前高田の沿岸部では農業が壊滅し、被災していない農地は有無も言わせず宅地化への状況。
村田くんも陸前高田にいる以上は、農から離れざるを得ない事情且つ、自身の生活を守るに必死で、借りていた農地は結局人手に渡り、元のリンゴ園に戻ってみたら、復興の実を付けていたリンゴの木が無くなっていたと言うのだ。

誰が悪いと言うワケじゃないが、あまりにも、あまりにも残念じゃないか!!


わかるか?


もう、正直に生きる人間が馬鹿を見る時代にピリオドを打ち込みたい!!


わかるだろう?
みんな。


「立ち上がる」には、十分な理由ではないか!?
立ち上がる時は「今」なのだ!!


我慢も限界だ。


村田くん、夢に生きよう。

夢を置き去りにしてはいられない。

夢をガレキに埋めるワケにはいかないぜ!

Agri-Connections!

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仕事の隙をぬって、関係機関に申請する書類を書いておる。

こうゆうの、マジ辛い。

俺の周りに足りないもの、それは社会的知識人です。

だっ、だれか助けてっ!

しかし、もはや、俺の仕掛けているプロジェクトは個人であって個人でない。
いや、個人であってはイケないコトもあるのだ。
だって被災した農民を支援する訳だから、俺の都合に合わせちゃマズイよな。
俺は個人っ!て言うのは変わらないコトなんだけど、共有共鳴する仲間を取り込んで行かなけりゃ、これは万民が認識しなければならない仕掛けなんだから、ひとりはイカンわ。
人の人生背負ってるし。

つーことで、立ち上げる!
大分における被災農家移住移農プロジェクトを絡めた、新農民プロジェクト「Agri-Connections」
NPOにも申請しやす!

言っとくけど、変わらず俺は俺よ。

個人よ。

だが「Agri-Connections」はみんなの共有共鳴チームだ!



旗を掲げるぜ!

世界の農へと繋がる一歩なのだ!!


だから…


だから書類、書こっ。


がんばっペ。

3.11の母子。

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今日の農民カフェはいつもにも増してベビーカーチームが多かったな。
路地はベビーカーパーキングと化している。

そうこうしていたら、またもベビーカー…

と思ったら、3.11
そう、あの日、帰宅難民となったお母さんと赤ちゃんが訪ねてくれた。

帰れなくなった何組かが、農民カフェに農泊した、あの日。

なにか、遠い昔の記憶のようだ。

まだ一年も経っていない。

あれから、俺は長い長い旅をしてきたような、そんな心地なのだ。


お母さんに抱かれた赤ちゃん。
元気そうでなによりだ。

この子に、また時間が経ち、誰かが語るだろうか…
「あの日、下北沢で地震に遭い、農民カフェと言うお店に泊まったのよ」

その時、まだ農民カフェが在るように、俺たちは生きなければならない。

過去と現在はいつも繋がっている。

それをただの過去にするかしないかは、自分次第なのだから。

生きるのだよ。

くじけちゃいられない

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冬らしくなってきた。

朝の仕込みに、癌の宣告を受けた「理香坊」が気丈にも出農。

昨夜は深夜営業停止を受けた屋上屋台Lotus cafeの屋台新メニュー「モツ炭火焼き」の試食。
鮮度抜群の内蔵肉を中心にタレにもバリエーションを加え、焼いてみる。

旨し。

屋上屋台イメージを全面に、こいつで勝負。

同じく深夜営業停止のTIBET TIBETも、得意の無農薬大豆使用、手搾り自家製豆富を拡大すべくあれこれ手を打つ。

農民カフェは、新しいシフトで新キッチン女将の「吾子」の手腕に期待大。
薄かった夜の農民酒場メニューを充実すべく試作に余念がない。

被災農家支援プロジェクトにおいては、大分と連携しつつ援助の体制を整える。
18日には国東の運動家と対談予定。

すべて同時進行。
苦手な書類作成もこうなっては好き嫌い言ってられぬ。

成果は結果として説明要らぬくらいに表現する!

「くじけちゃいられない」

2011

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陸前高田で津波被害にあったりんご農家「村田くん」の復興りんご。

この「奇跡のりんご」の遺伝子を大分に持っていく予定だったが、しかし…

土地の所有者が震災で死亡した為、所有者が代わり、事情を知らずに残ったりんごの木を伐採してしまったと言う。

なんてことを…



2011


俺は忘れない!



地震と津波、原発事故で放射能。


それだけじゃない。


大切な仲間が次々と逝き、米は不作。

南口の2店は、深夜の営業停止を食らい存亡の危機。

加えて今日、キッチンの要である「理香坊」の癌が判明。
手術で胃を切除することになった。



俺の手から、こぼれ落ちてゆく掛け替えのない雫よ。




まだ続くか?この負の連鎖。


かかってきなさい。

遠慮する事はない。



しかし、来年。

来年は俺の年。

Year of the dragon

見てろよ…

飛んでやる!

静かなる。

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高野山奥の院。

すべての墓を受入れている。

敵も味方も死んだら同じ、と。



心持ちはこの描写のように落ち着いている。

静かに闘志を燃やしながら。

東京の親父。


二日酔いで吐きまくっている。
情けない…が、嬉しかった。

久し振りに東京の親父、仲畑さんと呑んだ。

画像は前回もらった時計、お値段、ん百万円なり。

いろいろ、気が晴れたよ。

頑張ろう、二日酔い治ったら。

ありがとう、親父。

和気なのよ!

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空よ、空よ、天に旅立った友よ…

農民カフェの仕込みをガッツリ!

立て続けに農民カフェがテレビで紹介されたせいか、電話の問い合わせが多い。


それにしても、今年はロクなコトがねぇな!
本当に…

人間代謝なのか?
毒が次々放出されているせいなのか?

耐えるのは苦手だ。
待つのも苦手だ。

未来を見ずに前へは進めぬ。

希望を抱かずに生きてはいられぬ。

ダライ・ラマは、俺に何を伝えたのだろうか?

もっと感じたい。
もっと信じたい、自分を!

和気よ、和気よ、和気なのよ!!
プロフィール

和気優

Author:和気優
バイクに跨りギターを背負って、日本中の少年院
を“生きろ!生きろ!”と弾き叫ぶ!

未だに、ガキの頃を思い返すと悔しくて涙が出る
便所にひとりで行くのが恐くてネショベン垂れた
親戚は冷たかった
毎日夕方、バスの停留所でずっと待った
誰でもいい、誰かが俺を迎えに来てくれる事を
親父よ、お袋よ、なぜだ?
どこからか流れてくるステレオの音
泣きながらその音を聴いてると、優しい気持ちになれた
いつからか、俺は大人と言う、つまらん時代を迎えた
そして10年前、中学時代の仲間が犯した殺人事件
俺は手探りで旅に出る
歌いながら、同じ様な目をした少年の所へ
その切っ掛けが与えてくれた答えを見つけるまで
走り続けるしかない

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