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村田くんの復興米販売開始!

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さーっ!!!!

あの奇跡の復興農民「村田光貴」くんの米が今年も無事収穫され販売開始!!
無肥料無農薬米の「ひのひかり」
村田くんの魂の米!

みんなで食って叫ぼうぜ!
農FUTURE!

オーダーは村田光貴Facebookへ!
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ガレキに咲いた花…復興の地に咲いた「不良少年の花」

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ガレキに咲いた花…岩手に咲いた復興の花。

松本哲也。

岩手出身。

ミュージシャン、岩手復興食堂発起人。




彼と出会ったのは10年前。
俺が少年院弾き叫びバイクツアーから帰ってすぐ、日テレの番組で哲也のドキュメントをやっていた。
教護院(現 児童自立支援施設)出身で親父はヤクザ、ミュージシャンとしてデビュー云々と…

ほう、こんなヤツがおったかいな。

調べてみたら、下北沢でライヴがあると言うので行ってみようと…
会ったついでに、俺のバイクツアーのファイナルに出てくれない?
聞いたら、即OK!
ありがたい!!

2008年の全都道府県バイクツアーの時は、岩手での全力サポートに務めてくれたりといろいろお世話になっている。
しかし、2011年状況は一変する。

東北沿岸を粉々にした震災。

哲也は走り、仲間と共に炊き出しをいち早く始めた。
「復興食堂」の始まりである。
凍えている人々には暖かい服と寝具を。
お腹を空かせた人々には食料を。
家族を失った人々にはとにかく傍に…
以来、どれだけの人間が救われてきた事か。

岩手が好きなんだ…
その岩手が大きく傷ついたんだ…
伝わってくる。

国や役人たちには決して出来ないだろう。
宮城の「スコップ団」も叫んでいた「人助けに理屈は要らない」と。
哲也と岩手の仲間たち。


あれから2年と8ヶ月。

古巣のワーナーから再デビューを果たし、ミュージシャンとしての活動に余念がないが、もっともっと評価されて良いはずだよな。
彼に触れた事のある人間は必ず思うだろう。

天性の声を持ち、音楽的センスも充分に兼ね備えている。
何より、ひとりの男として魅力ある。
毎年、紅白のメンバーを見るたびに「なぜ、哲也の名が無い?」
そう感じる。


何年か前に俺がソロアルバムを出した時、哲也がメールをくれた。
1曲1曲にコメントが寄せられていた。
「判ります、その気持ちが俺には良く判ります」
判る…と言ってくれたその言葉。
普通なら「判る分けないだろ」と思うものだが、それは似たような「道」を辿ってきた「俺たち」だから伝わる真実の言葉だった。

何度もパクられた教護院時代の事、母親や親父の事、上京した頃の事…
時間をかけて俺たちは語り合った。
そんな哲也の「道」を思うと、いつも切なくなる。
季節が変わり、時代が変わっても、何一つ変わり様のない「影」がいつも蔓延っている。

そんな哲也と仲間たちが咲かせた「復興の花」は、今あちこちに広がっている。
金や権力ではない「素手」で繋いできた「復興の花」だ。
胸を張ってくれ。

東京の空を見上げては、遠い岩手の空を思う。
いつも思っている。

ガレキに咲いた花…復興の地に咲いた「不良少年の花」でした。

「福島」で語れ!

「福島」を語りたいなら「福島」で語れ!

更に言うなら「語る」前に「福島」の「言葉」を聞け!

あ、アタマから!?

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あ、アタマから⁉






霊芝です。

全員集合!

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下北沢あおぞらマルシェ!

北は北海道、南は九州、いやいや沖縄フードまで、皆さんお疲れ様でした!

東京へ来た折は、和気優の住む農民カフェ/学芸大学店へ、気軽に遊びに来てくだされ。
泊まれます!
じっくり話しましょ。

また来年、会えますように。

生きろーっ‼

下北沢あおぞらマルシェ大本番!

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下北沢あおぞらマルシェ
無事終了!

クッタクタだーっ!

しかし沢山の来場者に囲まれて、涙ちょちょぎれ。

みなさん、本当にありがとう!
生きてるねーっ!

下北沢あおぞらマルシェ前夜祭!

写真-35

さーっ!始まり始まりの「下北沢あおぞらマルシェ」
第5回の今夜は「前夜祭」

楽天優勝に妨げられイマイチの人出だったが、4日の大本番は気合い入れて行くよーっ!!(楽天優勝はおめでたい!)

それにしても今回の下北沢あおぞらマルシェ、有形デザインチームの貢献もあって、実に独創的な会場となっております!
一見の価値有り!!

明日4日は全ブース参加で50組と数々のパフォーマンス!
俺は朝から下北沢を練り歩きながら宣伝パレードイクぜ!

農民カフェの農民カレー号による和気優の「燃える漢の赤カレー」も好評につき、明日も絶賛販売!
気合い充電、さーっ寝よう!

明日大本番は9時開場だぜ!!!!!!!

生きろーっ、マルシェーっ!!

和気優の「燃える漢の赤カレー」

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和気優の「燃える漢の赤カレー」
完成です!

明日、明後日の下北沢あおぞらマルシェにて、あの東北北海道を縦断した農民カレー号にて販売します!

雨を蹴散らせ!
青空とカレーライス、一生青春‼

ガレキに咲いた花…遠く九州大分国東に咲いた「東北農魂」

写真-33

ガレキに咲いた花。
陸前高田から大分国東に咲いた農の花。

ご存知、村田光貴くん!

陸前高田市でリンゴ園を営み5年、やっと軌道に乗りかけた矢先の大津波。
畑は流され、農を失った村田くんは、ガレキの撤去作業の毎日。

2011年7月、銀次郎との東北ツアー道中、釜石の「宝来館」で初めて会う。
翌々日、陸前高田の流されたリンゴ園を訪ね、いろいろ話し合った。
何より、農業の話をしている時の彼の顔が一番楽しそうだった。

この旅の前に、原発の無い大分で「被災農家受け皿作り」を進めていた。
既に大分宇佐本百姓チームが腰を上げてくれていた。
無論、村田くんにもその話をした。
「行きたいな…」
本音のつぶやきだった。

高田のリンゴ園で別れ、俺は旅を続けた。

そして9月。

縁あって大分の国東でライヴイベントがあり、弾き叫ぶ事になった。

早速、村田くんに連絡した。
「これから例の大分へ行くけど、来ない?」
村田くん即答
「行きます!」

軽トラで陸前高田から大分国東までの1,500kmを飛ばしてきた。
イベントを企画してくれた仲間が、国東の住人たちに声を掛けてくれた。
「農地あるよ!」

宇佐の無肥料米農家、本百姓チーム深見くんたちとも対面した。
やはり百姓は百姓同士、気持ちが繋がる!

足早に数日間が過ぎ、村田くんは軽トラで高田へ帰っていった。

そして収穫の季節、村田くんは再度大分へ駆けつけた。

宇佐本百姓の稲刈りに立ち会う為に。
村田くんの「農魂」に火がついたようだ。

「大分で米作り、やりたいですね!」

本気の思いが伝わってくる。

さぁ、ここからが日本中を巻き込み、世界にも稀にみる「被災農家移住移農プロジェクト」の始まりだ!

村田くん、大分に行く為の準備を始める。
問題は山積みだ。

陸前高田で使っていた耕作機械はどうする?
資金は?
大分での住まいは?
あれもこれも、一体どれから手をつけたらイイ?

擦った揉んだの末、年が明けて2012年正月、陸前高田を出発した。
車1台。
ほとんど何も持たずの出発であった。

住まいは市営住宅があてがわれた。
一時期間家賃無償、ありがたい。
しかし、最初の試練…

もらえるはずの赤十字配給の被災者家電数点セット、が、もらえないと…
なぜ?
言い方はいろいろあるが、いわゆる村田くんが認定被災者でないから。

ここで大分国東の青年部隊が素晴らしい動きをみせた。
「国東四天王(俺が勝手に命名した)」と呼ばれる青年部隊が生活に必要な家電セット一式を揃えたのだ(部屋の掃除付き)
身ひとつの村田くんにとって、生活家電は必須なのだ。

大分に移住したからにはとにかく農業である。
しかも慣れない米作り。
且つ、いきなり無肥料無農薬米へのチャレンジである。
宇佐本百姓チームの貢献が大きかった!
準備した農地は2haを超える。
これだけの農地を耕作するには機械無しでやり切れるハズがない。
市長から借りたトラクターが悲鳴をあげる。
大きな機械が必要だ…
九州の冬は岩手とは違う。
あっと言う間に春だ。
春になれば米作りの準備である。
ここで福岡の白木夫妻登場!
最強の助っ人と言えよう。
徹底したモヒカン指導で、停滞していた作業が進む進む!

宇佐チームと福岡小郡チームとの連携により、田の準備から播種、そして田植えへとこぎ着けた。

村田くんも生活費を稼ぐ為の福岡への出稼ぎと農業を兼務しながら、歯を食いしばり踏ん張った。
地域との交流も多いが、それなりに摩擦も多い。
そりゃそうだ、東北から九州、地域の住人と充分に溶け合う余裕もなく時は過ぎてゆく。
彼本人が一番悔しかったろうし、歯がゆい思いだっただろうな…

しかし国東の谷あい、田に水が渡り、真っ青な空に新緑の山尾根、その稜線がくっきりと浮かび上がる季節、ヒバリが鳴き、田はキラキラと輝く…
そんな時、あーつくづくいいところだ…と思えるのだ。
農とはちゃんと安らぎを与えてくれる。

夏は雑草との闘いだ。
しかし、生活費が為の出稼ぎで時間は取られ、思うように田の世話が出来ない。
焦れったさが募る。
なんとかしなければ…

彼は懸命に農的融資や補助金の申請に挑むが、なかなかゴールが見えない。
精神も体力も限界に近い。

そんな時、宇佐の深見くんや白木夫妻、それに国東の仲間たちが代わる代わる村田くんの援護射撃に務めた。
愚痴もこぼれたことだろう。

夏が過ぎ、秋となる…

村田くん「下北沢あおぞらマルシェ」には第一回目から参加してくれた。
最初は自分で売るものがなかった彼も、秋のマルシェには国東で収穫した無肥料無農薬の「村田米」を販売する事が出来た。
そう…
秋の収穫、3,6トン。

これは奇跡だ。
農が起こす奇跡なのだ!

考えてみて欲しい。
何も持たずに陸前高田から大分国東へ移住し、始めた米作り。
まったくの「ゼロ」から「3.6トン」
これは農業にしか成し得ない奇跡なのだ!

俺たちはやっと村田くんの米を買う事が出来た。

あのガレキの陸前高田からやってきた青年が、遠く国東の地で見事に花を咲かせた瞬間だ。
しかし、その一時も彼は東北を忘れた事はない。

村田くんは今も闘っている。
そのそばには農で結ばれた仲間たちがいつも一緒にいる。
物語は第二章へ。

ガレキに咲いた花…遠く九州大分国東に咲いた「東北農魂」の花でした。
プロフィール

和気優

Author:和気優
バイクに跨りギターを背負って、日本中の少年院
を“生きろ!生きろ!”と弾き叫ぶ!

未だに、ガキの頃を思い返すと悔しくて涙が出る
便所にひとりで行くのが恐くてネショベン垂れた
親戚は冷たかった
毎日夕方、バスの停留所でずっと待った
誰でもいい、誰かが俺を迎えに来てくれる事を
親父よ、お袋よ、なぜだ?
どこからか流れてくるステレオの音
泣きながらその音を聴いてると、優しい気持ちになれた
いつからか、俺は大人と言う、つまらん時代を迎えた
そして10年前、中学時代の仲間が犯した殺人事件
俺は手探りで旅に出る
歌いながら、同じ様な目をした少年の所へ
その切っ掛けが与えてくれた答えを見つけるまで
走り続けるしかない

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